地図の旅愛好会



 [例会] 2009年10月4日
 渋谷 地図の旅
  『渋谷の川歩き』はこちら→




 [例会] 2009年8月2日
 渋谷の読図(担当 按田)
 沖縄竹富島の旅(1)(担当 大沼)

 例会で質問のあった竹富島の三角点(33.1m)の「点の記」を国土地理院のサイトで調べました。
 なんと、自然地形でなく、水道用の高架タンクに4等三角点が設置されていました。
 ※会誌で山下さんから紹介のあった 「米軍作成の東京周辺地図」は、こちら→




 [例会] 2009年6月7日
 取手の旅報告(担当 原本)
 取手の旅補足・利根川の治水計画について(担当 神田)
 北見枝幸の読図(担当 大沼)
 地形図の話あれこれ(担当 原本)


 [例会] 2009年4月5日
 取手 地図の旅
  『取手 小堀の渡しと旧取手宿本陣』はこちら→




 [例会] 2009年2月1日
 取手の読図(担当 大沼)
 古河の読図(担当 神田)
 山北-或る鉄道城下町の興隆と凋落(担当 渡邊成一)
 総会
1/25000 古河(S31)
1/50000 龍ヶ崎(M36)、1/25000 取手(S3)


 [例会] 2008年12月7日
 釜石物語(担当 松本)
 広島例会のまとめ(担当 高橋)
 安芸津の読図(担当 大沼)
1/50000 釜石、遠野(T5) 仙人峠部分
1/25000 三津(T14)、(S40)


 [例会] 2008年8月3日
 広島例会へ向けて(担当 大沼)
 沖縄読谷村の旅(担当 原本)
 班会、広島例会のお知らせ
 富山の読図(その2)(担当 大沼)
 日本列島地図の旅から28年。広島例会へ向けて、人それぞれの読図を楽しもう。  米軍通信施設のまわりの V記号 は、何だ?。



 [例会] 2008年6月1日
 深川の旅のまとめ 
 模索するまちあるきツアー(担当 三上)
 富山の読図(その1)(担当 大沼)
 班会
 原本さんの進行で深川の旅の感想戦。  ちょっと見にくいが、みなさん満面の笑顔です。


 [例会] 2008年4月6日
 穏やかな好天に恵まれたこの日、大江戸線森下駅の集合し深川近辺を散策。けっこう、江戸の町は狭かったのを実感した。
@ A B C
D E @五間堀跡。
A小名木川と隅田川の合流部を芭蕉庵旧跡より望む。
B霊巌寺横の出世不動ではしだれ桜が満開。
C大島川西支川。
D八幡橋(弾正橋)<国指定重要文化財>から。
E最後は門前仲町で解散。


 [例会] 2008年2月3日
 江東区の読図(担当 按田)
 総会
 佐渡・外海府の読図(2) (担当 大沼)

  佐渡・外海府の読図のオープニング部分(4分35秒)です。後続の動画については、メールでお問い合わせください。




 [例会] 2007年12月2日
 佐渡の読図(その1)(担当 大沼)
 横浜・寿町周辺の戦後史(担当 三上)
 班会
 地図で巡る会津若松の旅(担当 遠藤)
 艱難辛苦の末、プロジェクタ接続に成功。  忘年会では根岸さん編集のDVD(養老渓谷他)を上映。


 [例会] 2007年10月13日
 多摩市 地図の旅
  『多摩市/OLDニュータウンを歩く』はこちら→



 [例会] 2007年8月5日
 多摩市の読図(担当 大沼)
 千葉県佐倉市の読図(担当 神田)
 自宅のある地形図で地図記号を確認してみよう アンサー編(担当 高橋)
 読売新聞の取材を受ける。  毎回行われている、会報の帳合作業。


 [例会] 2007年6月3日
 自宅のある地形図で地図記号を確認してみよう(担当 高橋)
 硫黄島の読図(担当 大沼)
 総会、班会 
 日本の都市・100年の変遷(担当 種田)
クリックで拡大



 [例会] 2007年4月1日
  『養老渓谷へ川廻し地形を見に行く』はこちら→



 [例会] 2007年2月4日
 4月の旅「養老渓谷へ川廻し地形を見に行く」(担当 高橋)
 「房総の旧版地図コレクション」(担当 喜多)
 総会、班会 
 奄美大島の旅 Part2(担当 大沼)



 [例会] 2006年12月3日
 地方例会の報告と一関の旅のまとめ
 「房総丘陵のほぼ内陸都市」千葉県君津市(担当 高橋)
 奄美大島の旅(担当 大沼)



 [例会] 2006年8月6日
 一関の読図(担当 大沼)
 分裂日本(担当 堀江)
 10月の旅の目的地、一関の読図。北上盆地最南端の城下町。城(跡)のない町だが、地名やカギ型の道路 から、城下町であったことがわかる。明治期は鉄道の発達と北上川の舟運の衰退、昭和期の工業化、最近では、大規模な洪水対策工事が地形図から読み取れる。
 北上川学習交流館 あいぽーと
 一関市博物館
 一関市


 [例会] 2006年6月4日
 新宿の旅まとめ 
 大学センター試験を試してみよう(担当 大沼)
 班会 
 地図の見方 〜方角か形か面積か〜(担当 大沼)


 [例会] 2006年4月2日
 天気予報は、曇り時々雨。JR四ツ谷駅から総勢21名で出発。新宿歴史博物館で昭和の香りを注入し、平成バブルの地上げの残る富久町を縦断。この辺で伊藤さん離脱。昼食後、新宿御苑をかすめて大木戸跡へ。ここで近藤さん行方不明。内藤家の菩提寺にあたる太宗寺から、成覚寺を経て、時の鐘の天龍寺。近藤さん合流。
 南新宿のタカシマヤタイムズスクエアを抜け、一気にJR線の西側へ。予定は淀橋までだが今日はちょっとくたびれて、早めに解散。
@ A B C D
E F G <新宿歴史博物館@〜D>
@A内藤新宿のミニュチュア。
B淀橋浄水場。
Cこのごろ注目、昭和30年代文化住宅の再現。
D片道13円当時の都電。
E太宗寺六地蔵。この日の東京は桜満開。
<天龍寺>
F境内からのNTTドコモ代々木ビル
G「時の鐘」の基準とした「やぐら時計」


 [例会] 2006年2月5日
 新宿の読図(担当 堀江)
 班会・総会 
 新しい年に想う(担当 大沼)
 会誌をテーマに 

 次回の地図の旅は新宿。


 [例会] 2005年12月4日
 つくばの旅まとめ(担当 根岸)
 鉄道のなかった東京近郊の街「鳩ヶ谷市」を訪ねて(担当 作田)
 班会・休憩 
 山手線から品川〜新宿〜上野の地形を見る(担当 按田)
 路線価から見た都市のグレードとか(担当 種田)
@ A B
C D @つくばの旅のまとめは根岸さん。六本木と違い土地勘がないため、11月に再訪したとか。

A作田さんの発表は、川口市にほとんど囲まれた近世の市場町「鳩ヶ谷市」。

Bシルエットクイズです。

C強権司会の伊藤さん。わがまま会員が多く、言うことを聞かない。

D珍しい原本さんのスーツ姿と種田さん。


 [例会] 2005年10月2日 〜国土地理院見学〜
 筑波大森本先生の講演「つくば研究学園都市とくつばの農業」
 館内展示室見学 日本地図センター瀬倉さんの説明 
 近隣農村(弥平太、猿壁)の見学 

 つくばエクスプレスの開通で更なる発展が期待させるつくば市「国土地理院」を訪ね、農業地理学の森本健弘先生の特別講演、館内見学、研究学園地区との共存を図る近隣集落の散策を行なった。
@ A B
C @森本先生は「日本列島地図の旅」で地理学に『はまった』とのこと。
  講演の骨子は
・研究学園都市の開発は、既存集落の水田を残し、平地林,畑地を中心に行なった。そのため、集落の後背地に当たる町村境界をメインに開発が行なわれることとなった。つくは駅の開業で初めてつくば市の明確な中心が生まれた。
・米の減反政策とゴルフ場造成による芝の高騰のより、桜川右岸台地の陸田の多くが芝栽培に転じた。その後、芝の価格低下により耕作放棄地も増加している。

A聖蹟桜ヶ丘での例会よりは参加者は少ないが、総勢18名が参加。
B近隣集落の散策では、微妙な地形の差による陸稲、水稲の耕作地。多くの人は始めてみる芝生の栽培を見学した。
C地勢図による地球広場。


 [例会] 2005年8月20日
 筑波の読図(担当 大沼)
 班会・休憩 
 会誌についてみんなで語る 
 『地図の記号と地図読み練習帳』について(担当 大沼)

 大沼会長の著作としては、珍しく短期間で版を重ねている最新作。新宿紀伊国屋で平積みされていたのは少しびっくり。
 書名が面白いが、奇をてらったものではなく、内容を的確に表している。

 第1章(約80頁):主要な地図記号を、記号だけを切り出すのではなく、実際の地形図の中で説明。
 第2章(約160頁):特徴のある地図を読図のポイントと共に121箇所紹介。
 
 アマゾンでは、今尾恵介さんの「生まれる地名、消える地名」と併せて購入している人が多いようです。
 
 全ーんぶ、行きたい。


 [例会] 2005年6月5日
 狭山市と入間市の合併破談(担当 伊藤高)
 王子・滝野川の旅の感想 
 六本木今昔物語(担当 根岸)
 班会・休憩 
 伊能大図について(担当 高橋)
 平成の大合併について(担当 種田)

 根岸さんは江戸切絵図から六本木ヒルズまで、六本木竜土町界隈についての紹介。生まれ育った場所だけに、近藤さんの一の矢、二の矢もそつなく捌く。

 高橋は、「アメリカ伊能大図里帰りフロア展」の資料を中心にプレゼン。生真面目な伊能測量隊も時には観光もしている。



 [例会] 2005年4月2日 『王子・滝野川の旅』
@スタート 午前の部はJR板橋駅から

A旧中仙道(黄緑)は律令期は東山道。木曽街道・中仙道の時代 を経て、現在は滝野川銀座通り。江戸時代から続く種苗問屋や お茶の岩田園、亀の子束子西尾商店といった老舗も多い。

B千川上水分配堰碑
 今は暗渠となっている千川上水(地図の青破線)は、元禄9年(1696)に玉川上水から分水された。千川上水分配は慶応元年(1865)、飛鳥山の西にあった大砲製造所の建設 に伴い開鑿され、ここから北東(西巣鴨交差点)へ向かって通されていた。
 午後の部はJR王子駅から

@逆川跡は北へ向かって流れる小さな川。全体的な地形では、南東側が低くなるが 飛鳥山に遮られ、石神井川へそそぐ。

A音無さくら緑地
 激しく蛇行していた石神井川の痕。
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B名主の滝公園


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UPDATED:2009/10/14


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